TOP 特集 シアトルで伝えたい銀座「すきやばし次郎」のこころ
シアトルで伝えたい銀座「すきやばし次郎」のこころ

私の日本の本

シアトルで伝えたい銀座「すきやばし次郎」のこころ

シアトルで伝えたい銀座「すきやばし次郎」のこころ

加柴司郎さん

76歳 ワシントン州シアトル在住

鮨職人。京都に生まれ、東京銀座にて「すきやばし次郎」の小野二郎氏の元で6年半の修業を積む。1966年渡米した後、ワシントン州シアトルで「Shiro’s」を開業して評判を呼ぶ(現在は売却)。2015年、シアトルの名所パイク・プレース市場に60席を有する「Sushi Kashiba」を開店。地元食材による江戸前握りが好評。下の白黒写真は加柴さんの日本出国を見送る小野二郎氏。2011年に『Shiro:春夏秋冬』を出版。

 江戸前鮨(※)を握って51年の加柴司郎さん。毎晩、世界的な企業のトップや食通たちが加柴さんの鮨を味わおうとカウンターに並んで座る光景は圧巻だ。

 店の窓からは 、人々が行き交う公設市場と穏やかな海が見える。「うちはシアトル流・江戸前鮨ですからね。江戸前は江戸湾、ここはピュージェット湾。ここにも日本のように四季がある。地元でとれた四季折々のものを、いかにお客様に出すかということが一番大事ですね」と話す加柴さんは、19歳で初めて修行に入った。そこで出会ったのが今回推薦する本の著者であり、師匠と仰ぐ小野二郎氏だ。

「まったく何も知らない小僧でしたから(笑)、習うことばかりで楽しかったですよ。二郎さんと一緒に6年半、仕事をして、学ばせていただいたことは計り知れない。なかでも、体を動かすのをためらっては絶対にいけないということはしっかりと学びましたね

 そんな加柴さんが、アメリカのお客様と接するときに大事にしていることがある。「初めてお鮨を食べる方には、店で一番美味しいものを出すんです。最初に食べたときに、美味しいという印象を与えなきゃいけない。舌の味っていうのは嘘がつけないですからね。経験すれば、生魚を食べることに恐怖を感じていた人でもお鮨が好きになっていきます。こういう大事なことは、すべて二郎さんから習いましたね」

 普通鮨は客の右手の近くに置くものだが、二郎氏の場合は左利きの客がいれば黙って左手の方に置き、お年寄りや女性にはシャリの大きさを変えるなど、それは繊細な注意を払って握っている。この本を読むと「二郎さんはあのとき、ああされていたな」と思い出すことができ、再び加柴さん自身を奮い立たせてくれるのだ。

 鮨を握り続けてきて良かったと思う瞬間は、日本人以外のお客様が喜んで鮨を食べて、「ありがとう!」と言って帰っていくときだと言う。「二郎さんが92歳でまだ板場に立っていらっしゃるじゃないですか(笑)。私も頑張らないとね」と加柴さん。今後は食にまつわる日本の伝統をアメリカに伝承する体制を作りたいとも考えている。

  • ※江戸前鮨とは?

    江戸前とは、江戸時代後半の19世紀ごろは江戸湾(現・東京湾)のことを指したが、現在では東京湾の漁獲量も減ってしまい限定するのは難しくなった。昨今は広義に江戸前鮨の伝統を守っている鮨を指し示すようになった。 

鮨 すきやばし次郎

日本の鮨の最高峰がわかるハンディガイド


毎年6月、日本に帰国する際は必ず二郎さんを訪ねます。新刊をサイン入りで私にくださるので、二郎さんの著書は漫画になったものまで持っています。この本もご本人からいただきました。この本にはお客様に対する二郎さんの責任感や気遣い、おもてなしの気持ちが詰まっている。鮨を通して日本人のこころを感じてもらえるのではないでしょうか。二郎さんの繊細な心遣いは世界に通じるもの、私のすべての基本になっています。

(加柴司郎)


写真/Andrius Simutis 文/村山みちよ 英訳/Asher Ramras 編集/藤田 優