私の日本の本
新しいレンズを通して世界を見る
今し方まで、人々が集まってご飯を食べていたであろうテーブル。そこに残された無機質なお皿やソースの空き瓶は、ひっそりと静かに置いてきぼりになっているというのに、それでもまだ、ついさっきまでいた人々のおしゃべりや息遣いを感じさせる。楽しかった時間までが写っているような気がする。シャーロット・ブラントさんの作品には、例えその場に同席していたとしても、他の人の目には決して捕まえることのできない特別な瞬間が確かに写っている。独自の視点を持ち、敢えてスタイリングをしない日常の一コマを、愛用のニコンF銀塩カメラで、そっとすくい上げることのできる写真家だ。下の写真は、日本旅行中に新幹線から撮影した富士山。シャーロットのユニークな視点がここにも。
「視点」という観点で、そんな彼女の目を引いた本がある。冨田伊織の「透明標本」という、小さな海の生物たちを特殊な方法で標本化し撮影した写真集だ。
昔から、動物の剥製や昆虫標本に興味があった。例えば、ロンドンの南にあるホーニマン博物館に行って、巨大セイウチ(寄贈された際に、昔の人が本物を見たことが無かったために、たるませることなくパンパンに詰め物をされてしまったという逸話のある)や、「不思議の国のアリス」に登場する絶滅種してしまったドードー鳥などをはじめとする、世界中の動物や虫たちの標本を眺めることがあると言う。生き物の造形には、何か圧倒的な完成度があって、何時間でも見つめていられる。
「化学や生物学で用いられる手法なのだとは思いますが、でも『透明標本』のような、透明化した生物の骨格造形と鮮やかな染色方法は初めて目にしました。染色されて浮き上がってきた骨格の、繊細で精巧な造形は、はっとするほど美しく魅力的です。普段目にしているはずの生物たちが、そのサイエンティフィックな手法によって、まるで美しいオブジェのように見えて来る。情報が溢れ、あらゆるアートが飽和していると、時に感じてしまう中で、こんなにも新鮮さを感じられるのは素晴らしいことだと思います。時を止めて物を見つめる事、アートの中に化学や科学の技術が応用される事。視点や考え方を変えてみた時に、驚くべき新しい世界が広がっていることを教えてくれる一冊です。」
[新世界]透明標本
視点を変えることの大切さに気づかせてくれます
透明標本という手法を通して、身の回りにいるはずの生物の姿を、全く違う世界観で見せてくれます。自然界に生まれた生き物の様々な造形が、美しいピンクと青に染まった触角の一本一本まで、緻密に映し出されていて見飽きることがありません。アイディアに詰まった時に開いても、何か新鮮な気持ちを運んできてくれるインスピレーションになっています。
(シャーロット・ブランド)
取材/平川 さやか 英訳/デボン・メニューエイ 編集/矢野 文子