TOP 特集 光源氏に惹かれて、京都大学大学院へ
光源氏に惹かれて、京都大学大学院へ

私の日本の本

光源氏に惹かれて、京都大学大学院へ

光源氏に惹かれて、京都大学大学院へ

クリス ヒューバーさん

23歳 京都市在住

京都大学大学院研究科・文学部国語学国文学修士1年。ドイツで生まれ、イギリスで育ち、アメリカのブラウン大学を卒業した。ブラウン大学では東アジア、哲学、古典学を専攻。在学中にKyoto Consortium for Japanese Studies(KCJS、京都アメリカ大学コンソーシアム)プログラムで6か月の短期留学を経験。卒業後、京都大学大学院に進学。写真下は愛用する茶道の道具と浴衣。京都に暮らし始めてまもなく茶道の稽古を始めた。祖母から贈られた桜模様の小箱を茶箱に見立て、使っている。

クリスさんが初めて源氏物語を読んだのは17歳。きっかけは高校卒業後、大学が始まるまでの4ヶ月間ひとりで世界を横断したこと。旅を決行するにあたり、訪問国の代表文学を1作品ずつ、たとえばロシアは『カラマーゾブの兄弟』、日本は『源氏物語』、中国は『紅楼夢』を読むことを自身に課したそうだ。その理由は「ただ観光するだけではその国の心は見えてこないから」。ロシアから中国、中欧を経由して終点ギリシアまでの行き当たりばったりの旅は、結果的に日本に長く滞在することになったという。特に気に入ったのは源氏物語の舞台である京都。「お寺の庭に座り、物語の世界に没頭しました。源氏物語に描かれた平安時代とは様変わりしてしまったけれど、川のほとりで蛍が飛んでいる夜の景色など、僕も光源氏も同じものを眺めていたのだと思うと、感慨深かったです」

 

 再び源氏物語と出会ったのはブラウン大学1年生のとき。在学中たった一度だけあった講義をたまたま聴講することができたのだ。初めて読んだときの翻訳と、聴講した解釈とに違和感を覚えたことが、クリスさんの人生を大きく変える。「そこでわかったんです。源氏物語は原文で読まない限りは、真に理解したとはいえない」。これを機にクリスさんは急速に日本語を習得することになるのだが、その道標となったのが写真の『新編日本古典文学全集20~25 源氏物語』だった。原文、現代語訳と注釈が同じページに掲載されており、研究者からの信頼も厚い画期的な全集だ。「そのときはまだ日本語が読めなかったけれど、語学上達の指標にするためにも、原文の源氏物語をそばに置いておきたかった。たまたま日本へ旅行した両親に、お土産として頼みました」。その甲斐もあって2年後には原文を読み解くまでになり、今では京都大学大学院で古典文学を研究している。この本もクリスさんとともに海を渡り、再び京都に帰った。

「僕が惹かれるのは、ものの哀れという概念。西洋では、はかなさを不完全ととらえますが、日本ではそこに美を見出す感性が画期的です。さらに驚くのは主人公・光源氏の求愛がすべて和歌に始まり、和歌で終わることです。歌を介して男女が心を通じ合わせるんですね。当時の日本には、日々の生活で和歌を詠み、それを綴った文を交わすことで恋愛が生まれる社会が存在していたのです」。今では現代語訳や注釈に頼らずに、古語のまま読んでいる。おおよその和歌もそらんじるようになった。

源氏物語 上

千年続くベストセラー、日本文学の最高傑作

日本における源氏物語は、たとえるなら欧州のシェイクスピア文学。これ以降に生まれた文学は何らかの影響を受けています。だからこそ日本文学を知りたい人は源氏物語を読むことが必須だし、それが日本文化を学ぶことでもあると思っています。各出版社が現代語訳付きの全集を出しているけれど、小学館のものは原文の文学性を保ちながら、わかりやすい訳になっています。この『日本の古典をよむ』シリーズは『新編 古典文学全集』から名場面のみ再編集した普及版で、源氏物語6巻分が上下2巻になっていて、初心者におすすめです。巻頭カラーページに収録されている書画も理解の手助けになります。

(クリス ヒューバー)

取材/藤田 優 編集/矢野文子 撮影協力/宝泉堂